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「世界標準経営」がやって来た 台湾積体電路製造(TSMC) 2022/08/15

先端半導体の量産技術で世界の先頭を走る台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県にやって来る。同県菊陽町に約1兆円を投じて量産拠点をつくり、2024年末には初出荷する計画で、地元の盛り上がりは尋常ではない。8月初めに現地を訪ねると、巨大プロジェクトのもたらす期待と不安が地域の各層に浸透しているさまが実感された。

「工場誘致による経済振興はもう古い」という声もあるが、TSMCについては当たらない。同社の持ち込む「世界標準経営」は、地域経済やひいては日本全体のマインドを変える可能性を秘めている。ポイントは4つある。

▼スピード 新工場の建設現場にほど近いあるホテルは建設を請け負う鹿島が今春から丸ごと借り受け、エンジニアや作業員が宿泊している。朝食を6時から提供していたが、ほとんどの人が食べずに出かけていると分かり、急きょ5時スタートに切り替えた。現場にはナイター設備も完備。夜を日に継ぐ24時間体制の工程を組み、竣工までの時間軸をできるだけ圧縮しようとしているのだ。

熊本県の蒲島郁夫知事のもとを訪ねた鹿島の社長は「普通なら10年近くかかる工期を2年余りに縮めないといけない。我が社の歴史でも例のない高速工事」ともらしたという。半導体は足が早く、出荷のタイミング次第で価格が大きく変動する。商機を捉えるには即断即決の俊敏さが欠かせない。日本の半導体が衰えた一因は経営の速度不足にあり、TSMCのがむしゃらなまでの時間軸は、日本企業にも刺激になるだろう。

▼英語 新工場を実際に建設運営するのはTSMCの子会社で、ソニーグループなどもマイナー出資する「JASM」だ。同社は来春入社の新卒採用に着手。10人強の学生が内定したという崇城大学(旧熊本工業大学)の中山峰男学長は「面接試験は日本語か英語かを学生が選ぶ仕組みだが、内定者の多くは英語で面接に臨んだ学生」という。

内定後に送られてくる分厚い書類も英語。JASMの公用語も英語になる、という観測もあり、「実践的な英語教育にさらに力を入れたい」と中山学長はいう。

▼賃金 JASMの大卒初任給は28万円で、例えば三菱商事の25万5000円やトヨタ自動車の20万8000円よりもかなり高い。熊本県庁の18万8700円と比べると10万円近い差がある。

地元では人材獲得競争が既に過熱気味。ある中堅製造業の経営者は「将来のエースと期待した20代前半の若手エンジニアが県内に拠点を置く大手半導体関連企業に引き抜かれた。当社の年収400万円に対して、相手は『3年以内に500万円に引き上げる』と約束し、それが決め手になったようだ」と悔しがる。

引き抜きを仕掛けた大手企業も、TSMCやJASMに対しては人を取られないよう守りを固める立場だ。半導体技術者は世界的に足りない。JASMの堀田祐一社長は「優れた人材には十分な対価を約束する」と宣言。円安という追い風もあり、相当の高額を提示してでも人の囲い込みに動くはずだ。低賃金に慣れた安いニッポンに押し寄せる世界標準の賃金の波。地元企業が身構えるゆえんだ。

だがマクロの視点に立てば、賃金相場の上昇は脱デフレの有力な経路だ。蒲島知事は「全国から人が集まる半導体産業の集積を熊本につくり、シリコンアイランドを復活したい」と意気込むが、そのためにも地場の給与水準が低くては話にならない。うまくいけば熊本発の賃上げが全国に波及する可能性もある。

▼グリーン調達 米アップルは取引先に脱カーボンを求めており、TSMCも要請に応えないといけない。そのカギを握るのが、発電の際に温暖化ガスを排出しないグリーン電源の確保だ。

幸い九州は太陽光や地熱など再生可能エネルギーの電源に恵まれ、九州電力の原子力発電所の再稼働も順調。同社の19年度の電源構成をみると、二酸化炭素フリーの電力が全体の58%を占め、今後はさらに高まる。

電力の安定供給、低廉さ、そしてグリーン比率は立地競争力を決める大きな要素であり、その点で九州をはじめとする西日本は原発が止まったままの東日本に比べて優位性がある。TSMCが号砲になって、これまで日本全体にほぼ均等に分散していた半導体拠点の西日本シフトが進むかもしれない。電力事情は今後の日本や世界の産業地図を塗り替える変数となる。

日本政府が巨額の補助金をつぎ込むなどTSMCの日本進出は異例ずくめの展開だ。これまで経済産業省は「日の丸半導体」の復活にこだわり、国内メーカーの再編統合や共同開発の音頭をとってきたが、不調に終わった。そこで日の丸の呪縛から脱して、外資の誘致に軸足を変えた。

これによく似るのが英国の自動車政策だ。1960年代の英国は自動車の復権をめざして国内資本を統合し、ブリティッシュ・レイランドという国策会社をつくったが、弱い企業どうしをくっつけても競争には勝てない。79年に登場したサッチャー政権は外資重視の方針に転換。当時伸び盛りだった日産自動車などの日本勢を誘致し、地域経済や雇用創出、サプライチェーンの要とした。

かつての英国と同じく「老大国」化しつつある日本。TSMCの進出を反転攻勢のきっかけにできるだろうか。

(日本経済新聞)

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