2021年3月期に純利益、株価、時価総額で業界首位となる悲願の「商社三冠」を果たした伊藤忠商事。21年に社長に就いたのが石井敬太さんだ。原点は少年時代のラグビーとの出合いにあった。商社マンになっても大切にしてきたのが、誰よりも早く混戦に飛び込む「フランカー」の魂だ。
父親が八幡製鉄（現日本製鉄）の社員だったため、幼少期は数年ごとに北九州と東京近辺を引っ越しする生活でした。何度も転校するうちに身につけたのが、クラスの「親分」をすぐに見分けて仲良くなる能力です。人づきあいが得意なのはこの時の経験が大きかったのだと思います。

そんな私にとって生涯の親友ができたのは4年生で転校した東京の杉並第九小学校。ひときわ体が大きい親分が竹内徹でした。今では三越伊勢丹ホールディングスの副社長。竹内君と呼ぶべきでしょうか。でも、それだとよそよそしいのでいつも通り呼び捨てにさせていただきます。彼とも自然に打ち解け、毎日のように遊ぶ仲になりました。

　　そんな2人が出合ったのがラグビーだった。
竹内とは一緒に早稲田大学高等学院に進みました。私は硬式テニス部に入るつもりでしたが彼に「一緒にラグビー部に行こうぜ」と誘われました。

なんの気なしに見学した際に声をかけられたのが1学年上の寺林努さん（元東京海上日動火災保険常務執行役員）。後に「鬼の寺林」と呼ばれた厳しい先輩でしたが、この時ばかりは優しい声。すっかりだまされました。ちなみに現TBSホールディングス社長の佐々木卓さんも寺林さんと同学年で、おふたりはその後、高校でも早大ラグビー部でも主将・副主将としてタッグを組まれた偉大な先輩です。

竹内とともに入部したのは「この人たちと楽しくすごしたいな」と思ったからです。ただ、そんな甘い考えが変わる事件がありました。最上級生の先輩が練習中に脊椎損傷の大けがを負ったのです。「先輩のためにも」とチームがひとつにまとまり、私も性根を据えて練習に取り組むようになりました。

　　ラグビー部のヘッドコーチだったのが大西鉄之祐氏。早大や日本代表の監督も歴任した日本ラグビー界の第一人者だった。
当時からビデオでの分析を取り入れるなど先進的な指導でしたが、なんと言っても熱い方でした。繰り返し語られたのが「信は力なり」です。

あれは、花園出場を懸けた東京予選決勝の朝のことです。神社に集合すると大西さんが部員たちの前で鐘をカランと鳴らす。神様に必勝祈願するのかと思いきや、大声でこう語りかけるのです。

「俺たちには神様の力なんかいらない。それだけの努力をしてきた。だから、いいか！　神様は俺たちの勝利をそこで見ていてくれ！」

これで奮い立たない選手はいません。まさに大西マジックです。不思議な力に導かれるように我々は強豪・国学院久我山高校に競り勝ち、花園への切符を手にしました。

大西さんは選手の適性を見極めてポジションを指定します。2年生だった私はフランカーに起用されました。スクラムが崩れると真っ先に混戦に飛び込み、味方にボールをつなぐ。相手の攻撃には頭からタックルを仕掛けてピンチを防ぐ。地味なポジションだが、やりがいがある。ラグビーだけでなく、その後の仕事人生でも不思議と私の役目は同じだと考えてきました。

2年生で出場した憧れの花園。しかし、そこで味わったのは栄光ではなく屈辱でした。あのシーンは今でもスローモーションのように記憶の中で再生されます。

（編集委員　杉本貴司が担当します）

略歴 1960年生まれ、東京都出身。83年早稲田大学法学部出身、伊藤忠商事に入社。有機化学品第一部基礎原料課に配属されて以来、化学品部門を歩む。21年に社長COO（最高執行責任者）就任。61歳。

（日本経済新聞）