【シリコンバレー=奥平和行】米フェイスブックが創業以来の事業転換に打って出る。社名を「メタ」に変え、軸足をSNS（交流サイト）から「メタバース」と呼ぶ仮想空間の構築や関連サービスに移す。ただ新事業の収益化への道のりは遠く、足元では企業体質への批判も高まり崖っぷちだ。計画が思惑通り進むかは予断を許さない。

新社名の発表直後に看板を掛け替えた（米カリフォルニア州のメタ本社）
「フェイスブックはSNSの代名詞となったが、当社の幅広い事業を代表しなくなり将来はさらに難しくなる」。28日に開いた開発者会議でマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者（CEO）は説明した。新社名のメタは「先に」を意味するギリシャ語が語源で、次の事業の柱としたいメタバースからとった。

2004年の設立から使ってきた社名を変える直接の理由は、仮想現実（VR）や拡張現実（AR）などの技術を活用して遊んだり交流したりする仮想空間の構築を優先するためだ。「本格的な普及は5～10年後」（ザッカーバーグ氏）だが、21年だけで約100億ドル（約1兆1000億円）を投じる。

背景には同社が世界で36億人近い利用者を抱える一方、事業基盤を他社に依存している弱みがある。足元では米アップルがスマートフォンでプライバシー保護策を強めたことで、主力の広告事業が直撃を受けた。ザッカーバーグ氏は28日もアップルのアプリ配信サービスなどを念頭に、「選択肢の乏しさと高い手数料が技術革新を阻害している」と主張した。

メタバースではアプリ配信サービスの運営を他社に開放する方針などを示し、「誰にでも開かれた仕組み」（ザッカーバーグ氏）にするという。大手IT（情報技術）企業に対する寡占・独占批判を意識していることをうかがわせるが、フェイスブック自身が厳しい状況に立たされている。

「利用者の安全よりも利益を優先している」。5月に退職したフランシス・ホーゲン氏は米メディアへの出演や米英議会が開いた公聴会への出席を通じ、フェイスブックを非難してきた。同氏は退職時に数千ページに及ぶ内部資料を持ち出した。

資料の提出を受けた議会は追及を強めている。28日には米民主党の有力議員が「社名変更はお化粧にすぎず、有害コンテンツや中毒性を高めるアルゴリズムの対策にはならない」と批判した。規制強化が加速する可能性がある。

ホーゲン氏は米証券取引委員会（SEC）にも資料を提供して調査を要請した。SECは投資家に虚偽の情報を流したとして米テスラのイーロン・マスクCEOから会長職を剥奪したことがあり、結果次第ではザッカーバーグ氏に全権を集中してきたフェイスブックの統治構造が揺らぎかねない。

28日に日本経済新聞などの取材に応じた最高製品責任者のクリス・コックス氏は「メタバースはモバイルインターネットの後継になる」との見方を示したが、同社が主導できるかは不透明だ。19年に発表したデジタル通貨「リブラ」の構想では、フェイスブックへの社会的な批判の高まりから主要企業の離反を招いた経緯がある。

開発者会議の冒頭、ザッカーバーグ氏は内部文書に基づく報道などを念頭に「現在、大切な問題があることは理解しているが、自分がこの会社を経営する限りイノベーションに焦点を合わせ続ける」と述べた。1時間以上にわたり仮想空間で人々がつながり合う未来について語ったが、実現のハードルは高い。

（日本経済新聞）