三菱商事の元社長、槙原稔（まきはら・みのる）氏が12月13日、心不全のため自宅で死去した。90歳だった。連絡先は同社総務部秘書室。通夜・告別式は近親者のみで行った。喪主は妻、喜久子さん。後日、会社主催のお別れの会を開催する予定。
1930年に英国で生まれ、ハーバード大学を卒業後に欧州や南米を遊学した国際派として知られた。米国三菱商事の社長・会長を経て92年に社長に就任。会長や特別顧問を歴任した。三菱系企業の社長会である「金曜会」の世話人代表として三菱グループのとりまとめ役を担い、三菱自動車と独ダイムラー・クライスラーとの提携を後押しした。
2009年9月、日本経済新聞に「私の履歴書」を連載した。

（日本経済新聞）

1992年に槙原稔氏の三菱商事社長就任が決まった時、米ニューヨーク・タイムズ紙は「同世代の青年たちが東京大学の入試に苦労しているとき、マキハラは（米東部の）ニューイングランドの名門高校に通っていた」「三菱の同僚が東京の本社で出世の階段を上っているとき、彼はロンドンやワシントンに駐在し、20年以上を過ごした」と書いた。
槙原氏（右）は1998年に三菱商事会長になった後も米IBMの社外取締役を務めるなど、国際派の経験を生かしてきた（写真は98年1月の社長交代会見）
槙原氏（右）は1998年に三菱商事会長になった後も米IBMの社外取締役を務めるなど、国際派の経験を生かしてきた（写真は98年1月の社長交代会見）
三菱商事といえば日本株式会社の中核的な存在であり、海外から見れば当時の日本経済の強さと閉鎖性を象徴する名門企業だった。そのトップに英国で生まれ、終戦後ほどなく渡米し、ハーバード大学を卒業した異色の経歴の持ち主が就任する。その驚きがよく伝わってくる記事である。
槙原氏は（一説には日本語よりうまいといわれた）英語力を生かし、日米財界人会議の議長や米IBMの社外取締役を務めるなど国際派経営者として知られた。マイケル・アームストロング米AT&T会長らと親交を結び、日米経済界の連名で日米政府に租税条約の改正を申し入れ、実現に結びつけたこともある。
一方で三菱商事のトップとしてはバブル期に膨らんだ不良資産の後始末や反社会的勢力との決別を推し進めるなど、見かけによらず豪胆な一面も持ち合わせていた。槙原時代にいち早く負の遺産を処理したことで、その後の三菱商事の飛躍に道が開けた。
「経営者としてやり残したことはありますか」と後年聞いたところ、「バッド・イングリッシュ（下手な英語）を会社の公用語にしようと旗を振ったが、抵抗が強くなかなかうまくいかなかった」と語っていた。
「宇宙人」というニックネームを社内で奉られたのは、時代の先を行きすぎたからだろうか。ただ、温和でいつもニコニコと品のいい槙原氏は「宇宙人」の呼び名にも怒ることはなく、「あんまりセンスのいいあだ名ではないですね」と受け流す風だった。
妻の喜久子氏は三菱グループ創業者の岩崎弥太郎のひ孫にあたる。父親がやはり三菱商事の幹部だった槙原氏は少年時代から岩崎家に出入りし、そこで生涯の伴侶と出会った。三菱グループの経営者としては岩崎家の系譜を継ぐ最後の世代の一人でもあった。
（編集委員　西條都夫）