スイス金融大手UBSは12日、クレディ・スイス・グループの買収が完了したと発表した。470兆円の投資資産を抱える大手が誕生し、富裕層向け事業でシェアを伸ばす。ただクレディ・スイスの「負の遺産」の処理を巡る市場の疑念は晴れておらず、米銀との差も大きい。統合作業の巧拙が巨大金融機関の行方を左右する。

UBSはクレディ・スイスの持ち株会社を統合し、統合後のグループ経営を統括する。その上でUBS、クレディ・スイスの各事業部門は当面、別々に運用する方針という。クレディ・スイス株の取引は12日が最終日となり、スイス証券取引所を上場廃止になる。

UBSとクレディ・スイスの富裕層向けビジネスを合算するとおよそ3兆4000億ドル（約470兆円）の投資資産を抱える世界大手となり、首位の米モルガン・スタンレーを追随する。スイス国内の商業銀行ビジネスでは預金と融資で首位のライファイゼン・スイス銀行を超えて首位となる。

「グローバル・バンキングで魅力的なビジネスモデルの一つとなる」。JPモルガンの銀行担当アナリスト、キアン・アボホセイン氏は今回の統合をこう評価する。同氏の試算によると新生UBSの税前利益の6割を富裕層向け事業が占め、収益のぶれが大きい投資銀行領域はわずか10%になるという。

もっとも新会社が抱える疑念が払拭されたわけではない。

UBSは当局への提出書類で統合にあたり「負ののれん」が348億ドルにのぼるとの試算を公表している。「負ののれん」は割安で買収したことを示す一方、クレディ・スイスがまだ表に出ていない不良資産を抱えているのでは、とUBSが慎重に見た証拠ともいえる。クレディ買収に伴いUBSが50億スイスフラン（約7700億円）までは損失を負担し、さらに損失が増えた場合はスイス政府が90億スイスフランまで保証する。

クレディ・スイスは経営破綻した英金融会社グリーンシル・キャピタル関連の訴訟問題などを抱える。救済合併時に無価値となったAT1債を巡ってはスイス政府などに対して投資家が法的措置に動いており、市場は統合後の法的リスクに警戒を示す。UBSは訴訟関連費などで今後1年で最大40億ドルの負担増を見込むと公表している。

バークレイズの銀行アナリスト、アミット・ゲール氏は「クレディ・スイスは資金流出が続いており、この傾向が逆転するまでには時間がかかる」と統合後の新会社の先行きに慎重な見方を示す。UBSの株価は買収・合併発表前と比べて6%上昇していたが、ストックス欧州600銀行株指数（8%高）の値動きには届いていない。

UBSのコーム・ケレハー会長は救済合併の発表後、「（企業）文化の汚染を心配している。人員受け入れには高いハードルを設ける」と話していた。あるクレディ・スイスの幹部は投資銀行事業について「慎重なUBSと壊れかけのクレディ・スイスが一緒になっても大きな変化はない」と自嘲気味に話す。

クレディ・スイス統合にあたり、セルジオ・エルモッティ氏がUBSの最高経営責任者（CEO）として呼び戻された。同氏は11年からUBSで投資銀行事業を縮小させ、富裕層向けを中心に据えた収益構造に作り替えた。クレディ・スイスとの統合新会社で課されたミッションもほぼ同様といえる。

UBSはスイス当局の強い後押しをテコに、通常時なら競争法上などの問題で難しい統合を実現させ、寡占的なポジションを手にした。

ただ22年12月期はJPモルガン・チェースの純利益が376億ドルだったのに対し、UBSは76億ドルだった。クレディ・スイスは最終赤字だった。欧州は債務危機が長引いた影響で規制強化が進み、リスクの大きい投資銀行事業などを圧縮した影響もあるが、収益力の底上げが不可欠になる。

リーマン・ショック以降、欧州の銀行株は低迷が続いている。負の遺産を抜本的に処理しなければ、次の危機への備えもままならなくなる。

（ロンドン=山下晃、ジュネーブ=北松円香）

（日本経済新聞）